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ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
今日は


なんも言えねえ。

うつに

潰されてる。


金八先生は
「死ぬことに意味はない!どう生きたかが大事なんです!」
みたいな台詞を言っていた。

きんぱちせんせ~~
間違ってまーーーーす。

どう生きたか も勿論大切ですが、
どこでどうやって死ぬか、そんなもんは
孤独死だろうと野たれ死にだろうと構わない。

ただ、
意味ある死  を自分で創ることも大切なんです。

金八先生ねえ・・・
あれもね、昭和56~58年くらいまでかなあ・・
当時はあれが結構リアルに見えたけど
現代ではもう無理だろうね~

金八というキャラクター・生徒は全員金八信者。
まるでカルトじゃないかっ!
あり得ない おはなし・おはなし の世界~~~






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【2018/07/06 02:53】 | 未分類
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藤山直美
最も好きな女優の一人だ。


彼女はあの いかに見た目が美しいか若いか で
勝負する芸能界にいながらにして

本物のすっぴんで ドラマに出演してる。
しみもシワも目立つけど
何とも潔い。

あのすっぴんが、却って綺麗に見える。

それだけ、自分の芝居や笑い、
芸に自信があるから、すっぴんでいるのだろうと想像する。

ドラマでは迫真・というより
もう登場人物そのもの になるし
ナインティーナインの番組に出演したときには
多くの芸人をさらっと交わし、番組は大いに盛り上がった。
これだけの芸人、つまり芸のプロ相手に
がんがんボケたり突っ込んだり。見事だった。

高い服着て、全身決めて
見た目の若さ、美しさにこだわってる女優が
バカみたいに思える。

前に放送された「鬼女」は、
やはり見事 という他ない。

さすが あの父にしてこの子あり
というカンジ。

まさに 芸 能 人 というのは
彼女のことを言うのだと思った。

芸の道を究めた人
皆さんも、そないおもてはるんとちゃいますかー










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【2014/10/09 00:38】 | 未分類
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煙草の煙は いつも

私に 「孤独」を伝える

孤独だと 知りながら

私は 煙草の煙をくゆらす






煙草1本 燃え尽きるまでの孤独

なのに私はすぐ

2本目の煙草に火を点ける

孤独が 際限なく続くのに

私は 煙を吐き続ける





祭壇に生けた ガーベラが

花瓶の水を 吸い上げて

首を もたげている

まだ死んでいない と

私は胸を 撫で下ろす

ガーベラの命は 短い






ビルを 覆うような

雨雲が 空に広がる

この雨雲の中では

私の 行方も

煙の 行方も

ガーベラの 余命も

もはや わからない







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【2014/09/25 01:45】 | 未分類
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今年一年、
辛いことの連続だった。
(ま、いつものことだけど)
国家試験に落ちたショックから立ち直れないままの矢先の震災だった。
東京在住の私は、家にいれば問題はなかったのだけど、
あのとき、電車の中だった。
寒さの中、3時間かけて歩いて帰った。

大袈裟かも知れないけど
映画「ポセイドンアドベンチャー」のスコット牧師のセリフを思い出していた。

「我々は自力でここまで来た。あなたの助けは借りなかった!
助けてくれとは言ってません!せめて放っておいて下さい!!」

テレビでは
「震災から九ヶ月、東京ではイルミネーションが輝き、
いつものような年の瀬を迎えている。
しかし被災地ではまだ、震災の爪跡が残されたまま」
と言う。

東京の人全員が、楽しい年越しを迎えてると決めつけないで。

私の年越しは、いつも一人。
こればかりは何年経っても慣れる と言うことがない。

日本の人全員が、家族を持ってると決めつけないで。
一人きりで暮らしてる人間だっている。

そして今年もまた、
去年と同じ、受験勉強・・・・。

東京の人の全員が、豊かで幸せだなんて
決めつけないで。

むしろ東京は、大金持ちと極貧者とが混在してる街なのだから。

東京の人の全員が豊かだと決めつけないで。

※それからこの場を借りて。
私と来たら、全然ブログのことわかってなくて、
拍手コメント、頂いてること、つい最近知ったんです。

随分と遅れてしまったので、この場に書くことにました。
でもとても嬉しかったです。
拍手コメントにつき、お名前、内容は明らかにしませんが、
それぞれの方のコメント、きちんと読ませて頂きました。
本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願い致します。

【2011/12/31 07:37】 | 未分類
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主観と客観。
この区別は哲学的には大論争となってしまうが、
一般的には、さして困難なことではないだろう。

主観的には自分はこう思えるけれど、
客観的事実としては、
そんなに大したことではないんだろうな、とか

自他の区別がつく大抵の場合は、
無自覚のうちにこの判別がつく。

私の気にし過ぎなのね、とか
俺がこだわってるだけ と言った具合に。

ところがこの 自他の区別が曖昧になると
全て主観で物事が周っていると考え出す。

「あの人がいつも怒ってるから
ワタシの症状がヒドくなった。
部屋を替えて欲しい」と、
病棟などでは訴え出す患者も多数いて、

聞く側もまたそれを鵜呑みにする・・・

それが 客観的事実か否かもわからないのに、

その人の 主観 でのみ
物事が周っているように考える。

そんな中で一貫して「我関せず」
な態度を取り続けていると、

主観でのみ物事を考える人たちは
自分の中に「こうあって欲しいナレイ像」を
投影し、
持ち上げたり、貶めたりを繰り返す。

上げたり下げたり、洗濯物みたいねー
と、毎回思う次第である。

無論、私も他者の中に
「こうなりたい自分」をしばしば投影する。
そんなときは、その人に無性に腹が立って
たまらないものである。

しかし、幸いなことに常に私のそばには
「それは○○さんの問題じゃないでしょ?」
と、見えない糸をそっと引くように
私自身に戻してくれる専門家がいてくれた。

私の見ている空と、
あなたの見ている空は、きっと、違う。

ひとは誰しも
主観と言うフィルターを通してしか
周囲を見られないものではあるが、

せめて、主観と
客観的事実とのブレ くらいは
知っておきたいものである。

【2011/04/18 14:15】 | 未分類
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