ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
今年も特に良いことなんかなく、
苦しいだけの1年で、

ごめんなさいね。SMAP解散とか全然興味ないし。

毎年ひとりの年越しで、
私には正月なんてない。

今日が明日に変わるだけだけど
無理矢理今年を振り返ってみる。


また絹の話になってしまって申し訳ないけど

絹が病気になってから、
この子にも、いろんなことを教わった1年だったから。

以前にも、歴代の猫たちの最期を看取って
あの子たちから学んだことは多くて。


最期まで、自然の流れに逆らわず、その生を全うした姿は、
どの子も実に立派で、
万物の霊長たる人間 のなんと愚かなことか・・・
と実感した。

そしてどんな飼い主であっても
この子たちは、人間を恨んだり、憎んだりもしない。
なのに、人間を愛することはするんだよ・・・・

それを思うと、涙が噴き出る。

絹の場合は、生まれつきの病気とは言え
去年は何の症状もなく、元気だった。
だから、それが当たり前だと思ってた。

でも、猫風邪による口内炎が酷くなって
あまり食べなくなって、どんどん痩せて行って・・・
それからは、とにかく動物病院によく通った。

当たり前だったことが、当たり前でなくなると、
当たり前 がどれだけ大事だったかを痛感した。

ちょっとこれ、公開だからあまり具体的には書けないけど
私の境遇は多分、客観的事実としても
「ほんとに気の毒ね・・」と思われるほどのものだと思う。

でも、そんな中にあって尚、当たり前だと思い込んでる
いつか、当たり前じゃなくなって知る、
大事なものを、私も持っているのだと。


そして、なんと言ったらいいかわからないけど・・・・

人を信頼できないという、基本的な自分の病理を超えて
絹を愛するこの自分なら、人を愛し、信じることも
もしかして、できるんじゃないかと思えた。

「動物は人を裏切らないけど、人は人を裏切るから嫌い」
とか、よく言うけれど、それって私にはよくわからない。
むしろ、まるで逆に、
絹を愛せる自分なら、たとえ裏切られても、
人をも、愛せるんじゃないかと思う。

いつも孤独で、苦しいと言ってる自分だけど、
それは本当なの?
勝手に孤独になって、
勝手に苦しいと思い込んでるだけじゃないの?
そう思った。

そこまで思わせてくれたのは、
絹という、一匹の片目の白猫がいてくれたから。

絹、痛かったね。ずっと。
ごめんね、もっと早く気づいてやれなくて。
痛いのなくすためのおくすり、苦いのに
よく我慢して毎日飲んで、エラいね。

絹も私も、よく頑張った1年だった。

お陰様で、痛みが引いたらしく
よく食べてくれるようになって、元気になった。
ぐるぐると、咽喉を鳴らして私の隣りで寝るようになった。

心からその 元気 を大事に大事にしたいと思った。

死ぬまで薬を手放せなくなった絹にとって、
元気でいられる時間は、もう
「当たり前」ではなくなったから。


絹、
たくさん、大事なことを教えてくれて
ありがとう。

今年も元気で、二人で年越しができるね。
大事に大事に過ごそうね。


ちぬ・フォーマル

手作り首輪、裁縫、病的なまでにヘタクソだけど
秋冬フォーマル です。








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【2016/12/29 00:03】 | つくづく思うこと
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死ぬよりつらいことがある

生きてるからこその 喜びがある





そのさじ加減が いつも

不公平なのは

世の常なの?

神のみぞ知る ということ?

そんなんじゃ

納得が行かないよ





生きてるからこその喜びなんて

遠い遠い昔の

どこかの町中に

置き忘れて来たのか

もう何年も

何十年も

どこを探しても 見つからなくて




歯磨き用のコップに 2本の歯ブラシ

ブルーとピンクなんて

私には はばかられて

ブルーと白にしておいた






そんなささやかなことさえ

喜びだったと

忘れかけた脳裏を

朝日にさらされた 2本の歯ブラシが

かすめて通って 消えてった









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【2016/10/28 00:04】 | つくづく思うこと
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そこだけ春になったような

カップルの 寄り添う姿に

目を覆い

きらきら眩しく

笑い合う声に

耳を塞ぐ





ごめんなさい

ごめんなさい

だって私は

春も ろくに知らない

日の光も 差し込まない

方向さえわからない

闇の中に 

ずっと棲んでいるんだもの





笑い方も 忘れたの

二人で歩く道も 断たれたの

闇の国と

ねたみや羨望だらけの

人でなしの国は 

哀しいことに 近所なの





ごめんなさい

ごめんなさい

人でなしの国にいると

みんなの幸せとやらを

見たくない

聞きたくない





エゴイストと 呼ばれてもいい

醜悪な鬼と 呼ばれてもいい





喜びや楽しみを謳歌する人々から

目を覆い

耳を塞ぐ





人でなしの国から

見上げる空は

いつも 暗雲に覆われている







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【2016/10/27 00:04】 | つくづく思うこと
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不幸ばかり つづくと

だんだんに

人は 

人でなくなるのかも知れない





つないでくれる手も ないから

ひとりで

ひたすら空(くう)を

掴むしかなくて





何だか みんなが口にする

キボウとか シアワセとか

そんな言葉は 私にとって

外国語みたいだから

使えなくて





必ず 暗いうちに目覚めて

空が白んで来るのを

待つしかない時間は

もう

老婆になったかと思うほど

長くって





シアワセとかいうものを

持っている人たちが

羨ましくて

妬ましくて

そんな感情に

支配されていく自分は

人でなくなっていくようで

怖くって






それでも 必死で

人の国に 

しがみついているのは

たぶん まだ

人である自分を

失いたくないからで





生を 死を

そんな重たいことを

毎日考えなくてはいけない

自分であっても

何とか

人でありたくて




それでも

人でありたくて








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【2016/08/31 00:05】 | つくづく思うこと
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sado jo
笑いながら通り過ぎる人達をみてて、ふと思う事があります。
「この人達は本当に幸せなんだろうか?」って…大概は自分を偽ってるのではないかな?
僻みからではなく、みんな幸せ芝居を演じているのが現実なんですよね。
現代は「人として人である」当たり前のが意外と困難な時代だったりします。

Re: sado joさん
ナレイ
コメント、おおきに。

いや、本当はね、
幸せとか不幸とかを追いかけてるうちは
きっと楽にはなれないのだと思う。

そう。
>「人として人である」
そのためにはね。

でもこれだけ苦しいと、
どうしても思ってしまう。

みんなが幸せで、私はなぜこんなにも不幸つづきなのだろうと。

そうね、みんな幸せ芝居を演じているのかも知れない。
だけど、私にはもう
その芝居を演じる余力さえ残されてはいないから。


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悲しいとき

顔を埋めて泣ける

温かい胸が

ひとりで立っていられないとき

寄りかかれる

厚い肩が

不安なとき

身を隠せる

大きな背中が 欲しいと思うのは




そんなに贅沢な願望なの?




大好きなはずの

真夏の陽射しまでが 

ぼっち色に染まってる




ひとりでは 乗り越えられない壁も

誰かと一緒なら 乗り越えられるんでしょ?

ひとりで  乗り越えたことしかない私には

そんなことすら わからない




真夏のぼっちに 呑み込まれて

一日も早く 沈んで行きたい








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【2016/08/16 00:05】 | つくづく思うこと
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