ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私がこれまで受けて来た治療は、主に
精神分析的精神療法。
治療者は、精神科医であるセラピスト。

20年以上も前から足かけ10年。

当時の主治医曰く
「精神科医で精神分析なんか
やってるってだけで変人扱いだよ」
と苦笑していたっけね・・

当時の北山研究所でインテーク面接
(初回の診断面接)
を受けましたが、ここでは、
こちらが料金を支払っても
精神療法の対象にならない と
判断された場合は
断わられることを知っていた私は
非常に緊張しました。

幸い引き受けてもらえることとなり
治療契約を交わし、
治療開始となりました。

週1回・1セッション60分=1万円でした。
対面法(向かい合って座る)での治療でした。

未だに精神療法は、保険適用外
つまり自由診療なので
どうしても高くなってしまうのです。

セラピストの仕事は、私が目指す
精神保健福祉士の仕事と重なる部分が
多々あり、学ぶことが多いです。

あの根気・・・
クライアント(患者)に

何を言われても、
どんなに感情を向き出しにされても
とことんクライアントの気持ちに共感しようと
沿い続ける姿勢。

これには未だに
クライアントでありながら
ちょっと、これから「そっち側」に周る者として
「ふーん・・こう問うて来るのはなんで?」
なんて、思ってしまったり、

どっちの立場で聞けば・・・?
みたいに迷ってしまうほど
見事・・・!
と言うほかありません。

あ、私は決して
精神療法を勧めている訳ではありません。

ただ、こんな ぱそこん なんて
まだまだ普及していなかった時代に、
文字通り、自分の足で歩いて探し回って
勝ち取った、ナイスな男たち
と、未だに誇りに思っておるんです。

彼らにとってもこんなに長期に渡り
厄介なケース(自覚あるのよ~)・・・
さぞや大変だったろうと。

私にとって
学派とか経歴なんてどーーーでもいい。

ただ、彼らのシャープな感性と懐の深さ、
器の大きさ、に
「やっと見つけたぞ・・!」と思ったものです。

クライアントの側も、他力本願ではなくて

それらを見極める目を持たなければ
それこそ捨て金で終わってしまう
と言うことです。

そして私はそこで、
症状を克服するのではなく

当時のセラピストの ある文章を引用して言えば

明らかに病気を抱えながら生きていく
という覚悟は持てています。
それはとりもなおさず、
自分の中にある何かしらの「欠如」を
抱えながら生きていこう、という
自覚のようなものと思えます。

これを学んだ。

そして彼はこの文章の冒頭に
これは紹介状だったから

先生にお願いするのは大事に
(時には邪険にしたかも知れないですが)
育てた娘を 嫁に出す ような心境で・・・


なんて綴っており。
(出会った頃はまだ20代・別れたのは30代)
そんな風に思ってくれていたの?!
と、何とも温かい思いで
いっぱいになったものだった。

残念ながら、未だに嫁には行けてないけど、
資格を取ったら、必ず知らせるからね、先生。

そして、ヨメに行くまで生きててね。
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【2011/04/30 09:02】 | 神経症
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