ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
最期まであきらめない
とか
病気と闘う
とか
よく言うじゃない?

それが美徳のように。

そうなのかなあ・・・・・と
いっつも引っかかる私。

私の病気に関して言えば、
これはもう 症状を持つ自分をあきらめる
これに尽きるんだけど。

精神科だけじゃなくて、体の病気も
それが治るにせよ、治らないにせよ

最期まであきらめないで、病気と闘う
って、しんどくない?

それよりは、病気と上手くつきあうことのほうが
楽 なんじゃないかなあ・・・って気がして仕方ない。

病気と闘って、病気をやっつけて
健康な体を取り戻すんだ って気持ちは
わからなくもないけど、

どんな病気に罹ったとしても
闘病 はしんどいよ。
闘ってるなら勝たなきゃいけない。
病気に負けない とも言うね、よく。

でも、勝つとか負けるとかじゃなくて
どんな病気であれ、
病気と上手くつきあって、
むしろ病気の自分をあきらめて、受け入れることのほうが
大事な気がしてならないんだけど・・・・。

つまり、病気でも何でも良い、
自分にとって、受け入れ難い現実 ってあるよね。

何が何でもあきらめない!よりは
どんな過酷な現実でも、あきらめて受け入れる
そのことのほうが、よほど難しい
けど賢明なこと、楽に繋がること
のような気がするんだよね。









ぽちで救われる私がいます。

ブログランキング・にほんブログ村へ


ブログランキング・にほんブログ村へ
スポンサーサイト

FC2blog テーマ:エッセイ・散文 - ジャンル:小説・文学

【2014/09/30 03:44】 | 神経症
トラックバック(0) |


カプチ
>何が何でもあきらめない!よりは
 どんな過酷な現実でも、あきらめて受け入れる
私もそう思います。
そして、勝手に付け加えるなら
そうして受け入れた上で、その時にできることを
誤魔化さずにしっかりやる。
しかも結果を妙に期待しない。
こういう生き方ができたら本当にすごいと思います。
私など、まだ全然駄目ですが
ほんのちょっとでもこれに近づけるよう
毎日反省の日々を送っています。


こんにちわ^^
sado jo
「病気と付き合う」って、正にその通りですね^^
こいつ、嫌な亭主だけど、一緒になってしまったものは仕方が無い。
騙し騙し、付き合ってやるさ。こっちも悪女になって…って言う女房の気分(笑)
自分も病気を患っているから、よ~く分かります。ポチッっと^^

Re: こんにちわ^^
ナレイ
sado joさん

コメント、ありがとうございます。

病気ととうまくつきあうのは必要ですよね。

絶対にあきらめない!と言うのは
もしかしたら 自分の置かれた現実 を受け入れられないってことかも。

あきらめる ことのほうが勇気が要りますよ。
どんな過酷で、悲惨な現実も受け入れる ということですからね。

Re: カプチさん
ナレイ
コメント、ありがとう~♪

うううううう、私もまだまだダメですよ~

過酷な現実(過酷じゃないかもしれない現実)さえ
あきらめきれない、受け入れられないんですから。

なんかねえ・・・・闘病モノのドラマなんか見てると引っかかって仕方なくてね。
ああいうのは 美談 に創って「最後までがんばる!わたし負けない!」
とか言ってるけど、それって結局、過酷な現実を受け入れられない姿 
なんじゃないかなあ・・・と思えて。

あきらめる ことのほうが大変ですね。

管理人のみ閲覧できます
-


Re: guestさん
ナレイ
コメント、ありがとう。

やっぱりそうだよね。

闘病モノの番組とか見てると、みんな闘病を美談にしてるからさあ・・・
それ、違くね?といつも思ってた。

必死で闘っていたら、確かに現実は見えない。
つまり現実は見たくないのかな・・・と思ったりする。

現実がどんなに過酷なものであっても 受け入れる
病気の自分をあきらめる

そのことのほうがナンボか難しくて大変なことだと思うよ。

そんなこと言いつつ、私はまだ受け入れてない現実が沢山・・・
まだまだダメだね。


コメントを閉じる▲