ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
不幸ばかり つづくと

だんだんに

人は 

人でなくなるのかも知れない





つないでくれる手も ないから

ひとりで

ひたすら空(くう)を

掴むしかなくて





何だか みんなが口にする

キボウとか シアワセとか

そんな言葉は 私にとって

外国語みたいだから

使えなくて





必ず 暗いうちに目覚めて

空が白んで来るのを

待つしかない時間は

もう

老婆になったかと思うほど

長くって





シアワセとかいうものを

持っている人たちが

羨ましくて

妬ましくて

そんな感情に

支配されていく自分は

人でなくなっていくようで

怖くって






それでも 必死で

人の国に 

しがみついているのは

たぶん まだ

人である自分を

失いたくないからで





生を 死を

そんな重たいことを

毎日考えなくてはいけない

自分であっても

何とか

人でありたくて




それでも

人でありたくて








ぽちで救われる私がいます




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【2016/08/31 00:05】 | つくづく思うこと
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sado jo
笑いながら通り過ぎる人達をみてて、ふと思う事があります。
「この人達は本当に幸せなんだろうか?」って…大概は自分を偽ってるのではないかな?
僻みからではなく、みんな幸せ芝居を演じているのが現実なんですよね。
現代は「人として人である」当たり前のが意外と困難な時代だったりします。

Re: sado joさん
ナレイ
コメント、おおきに。

いや、本当はね、
幸せとか不幸とかを追いかけてるうちは
きっと楽にはなれないのだと思う。

そう。
>「人として人である」
そのためにはね。

でもこれだけ苦しいと、
どうしても思ってしまう。

みんなが幸せで、私はなぜこんなにも不幸つづきなのだろうと。

そうね、みんな幸せ芝居を演じているのかも知れない。
だけど、私にはもう
その芝居を演じる余力さえ残されてはいないから。


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