ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
私は社会恐怖(社会不安障害)であるが、
この神経症とのつきあいは長い。
もう25~26年になるだろうか。だが、私は

社会不安障害を、克服しない。

「症状と常にセット」これが私 なのだから。

私の主訴は緊張から来る手の震えであったが、
何とか、この震えを「克服」しよう「治そう」と、
あらゆる「努力」を試みた。

そのことが却って、
どんどん自分のこだわりを強くし、
症状を悪化、固定させていることにも気づかずに。

しかし私はひとと関わる仕事が好きだった。
本来好きだっだ。
手が震えるからお茶が出せない?
それだけで避けてきた?バカバカしい~
接客が好きだったんだ、と

ある日突然始めた居酒屋のバイト。

二十歳そこそこの若い子たちに混じって
「喜んでいらっしゃいませ!」

激務であったが、私は誰より元気に
誰より笑顔で、誰より丁寧に接客していた。

しかし仕事の覚えは悪くミスばかり。
店長に怒鳴られる毎日であった。

大生ビールのジョッキは片手に二つ
それだけでもう、震える以前に重たくて
情けない・・
三つくらいへーきで持てねえのかよ?
と思いつつ、思わず
すいません、こぼれますっ!これ、
ちょっと・・


と、お客さんの前で言うと

おーおー大変だねー
すかさず持ってくれるお客さん
申し訳ございません・・!んもう~こんな女でぇ~
と、私もわりと冗談っぽく言うと

「こういう店って大変なんだろ?
おい!お前!代わりにやってやれよ!」

なんて、お客さんはいつも、優しかった。

あれだけミスばかりしていた私なのに、

40過ぎて、二十歳やそこらの
若い子たちの中でも
お客さんウケは、良かった。とても。

ひとは、どうやら、自分が思っているほど
怖い怖い 敵 なんかではない。

こちらが素直に、こんなもんです、と
自分を晒せば、

ちゃんと助けてくれるものなんだ。

その頃からだったろうか。セラピストの
「いいじゃん、べつに。震えても」
の言葉の意味が本当に解ったのは。

そして、その頃から、当然のことながら
震えなくなった。

と言っても、折に触れ、症状は顔を出す。
それはきっと、私がまだまだどこかで
(出来れば震えたくない・・)
と「こだわって」いるからなのだろう。

心底、症状を持ったままでいいと

あきらめる ことが出来たとき、

症状は消失するのだろう。

けどまあ、いいや、このままでも。
今はまだ、体の力が抜けなくて、
溺れてるらしい-ので。

今 私がセラピーを続けているのは、
いわゆる「社会不安障害治療」でなく
あくまで足場固め目的の精神療法です。


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【2011/04/21 07:58】 | 神経症
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マミー
通りすがりの者です。
読んだら思わず涙が出ました。
自分だけだと思ってたので……。

Re: 沢山いますよ
ナレイ
マミーさん
はじめまして

コメントありがとうございます。
読んで頂いて嬉しいです。

発症したばかりの頃は、私もそうでしたが
自分だけなんじゃないか・・・と思い悩んでしまうんですよね。

でも沢山いるんですよ。
実に沢山の人が長いこと悩み苦しんでいます。

私の時代はパソコンなんて普及していませんでしたから、
情報もこんなになくて
文字通り足で歩いて治療者を探しました。
本を読み漁り、出版社に電話をかけることから始め、あちこちに行きました。

その甲斐あって、自分に合った治療者、治療法に辿り着くことが出来ましたが、
症状はそんなにカンタンに消失するものではなく、
日記の居酒屋で「これまで恐れていた他人」に助けられていることを感じられるまで
これまた長い時間を要しました。

マミーさんが今、どんな状況にあるのか、はわかりませんが
少しずつでいいんです。
お互いに、薄皮を剥ぐように、少しずつでいい、
そしていつか本当に
症状をあきらめられるようになれたらいいですね。


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症状の中で
ナレイ
ひとり言です。

医師やセラピストは、直接患者に
「あなたはこういう病気です」と診断を下すことは少ないです。

精神科の診断と言うのはそれだけ難しい と言うこともありますが、
何より「診断名」をいきなり突きつけることで、
患者自身が変わって行く可能性の芽を摘まない「温かさ」と言うのかな・・・。 
少なくとも私の出会った治療者はそうでした。

私は心理系のあらゆる本を読み、
自分が社会不安障害にぴったりと該当することに、当時はむしろ安堵感さえ覚えたものです。
そしてそれはやはり当たっていたようです。
それまでは、自分にしかない ヘンなクセ だと思い込んでいましたから。

神経症と言う病気 なら病院に行けば良い と安堵したんです。

しかし私に合う治療者に出会うまでは相当の時間と労力を要しました。
その過程では症状は常に着いて回りました。

あれは本当に 地獄 ですね・・・・。
自分で作り出している症状だとわかっていても、
そうカンタンに切り替えられるものではなかったです、私もね。

出社するのが辛くて、仕事そのものはむしろ好きだったのに
来客にお茶を出すのが怖くてね、そのことしか頭になくなるんですよね。
お茶なんか誰が出したって良いんだから、他の女の子に頼めばいいとか、
そんな風にも考えられなくなってる・・

で、売店で缶ビールを買って、駅のトイレの中で飲んだこともありました。
酔えば、緊張しなくなるんじゃないかと思ってね・・
そんな朝にそんな場所で飲んだって美味しくもなければ酔う訳もないのにね。

結局その会社は1年足らずで退社しました。

でも、そんな忌まわしい、地獄のような症状の中で
ひたすら治療者に思ったままをぶちまけていくとね、
治療者は私の話に真剣に耳を傾けながら
素朴に、言葉を投げかけてくれるんです。

その少ない言葉が、後々になって
私にいろんなことを気づかせてくれるものなんです。

地獄のような症状であっても、
その症状を持つしかなかった意味が、私にはあったんだなあ・・とか、
あれだけ恐れていた他人の中に、実は私は「自分」を見ていたのかなあ・・とかね。

だって現実の他人は、日記にも書いたようにむしろ優しいものなんだもの。

まあ、そのことを体得出来たのは、発病してから20年後?もっとかな・・?だったけど(笑
まわり道したとしても、何も気づかないで終るよりは良いかな
なんて思ったりしています。




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コメント
この記事へのコメント
通りすがりの者です。
読んだら思わず涙が出ました。
自分だけだと思ってたので……。
2011/07/12(Tue) 23:07 | URL  | マミー #-[ 編集]
Re: 沢山いますよ
マミーさん
はじめまして

コメントありがとうございます。
読んで頂いて嬉しいです。

発症したばかりの頃は、私もそうでしたが
自分だけなんじゃないか・・・と思い悩んでしまうんですよね。

でも沢山いるんですよ。
実に沢山の人が長いこと悩み苦しんでいます。

私の時代はパソコンなんて普及していませんでしたから、
情報もこんなになくて
文字通り足で歩いて治療者を探しました。
本を読み漁り、出版社に電話をかけることから始め、あちこちに行きました。

その甲斐あって、自分に合った治療者、治療法に辿り着くことが出来ましたが、
症状はそんなにカンタンに消失するものではなく、
日記の居酒屋で「これまで恐れていた他人」に助けられていることを感じられるまで
これまた長い時間を要しました。

マミーさんが今、どんな状況にあるのか、はわかりませんが
少しずつでいいんです。
お互いに、薄皮を剥ぐように、少しずつでいい、
そしていつか本当に
症状をあきらめられるようになれたらいいですね。
2011/07/13(Wed) 06:08 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/07/14(Thu) 09:11 |   |  #[ 編集]
症状の中で
ひとり言です。

医師やセラピストは、直接患者に
「あなたはこういう病気です」と診断を下すことは少ないです。

精神科の診断と言うのはそれだけ難しい と言うこともありますが、
何より「診断名」をいきなり突きつけることで、
患者自身が変わって行く可能性の芽を摘まない「温かさ」と言うのかな・・・。 
少なくとも私の出会った治療者はそうでした。

私は心理系のあらゆる本を読み、
自分が社会不安障害にぴったりと該当することに、当時はむしろ安堵感さえ覚えたものです。
そしてそれはやはり当たっていたようです。
それまでは、自分にしかない ヘンなクセ だと思い込んでいましたから。

神経症と言う病気 なら病院に行けば良い と安堵したんです。

しかし私に合う治療者に出会うまでは相当の時間と労力を要しました。
その過程では症状は常に着いて回りました。

あれは本当に 地獄 ですね・・・・。
自分で作り出している症状だとわかっていても、
そうカンタンに切り替えられるものではなかったです、私もね。

出社するのが辛くて、仕事そのものはむしろ好きだったのに
来客にお茶を出すのが怖くてね、そのことしか頭になくなるんですよね。
お茶なんか誰が出したって良いんだから、他の女の子に頼めばいいとか、
そんな風にも考えられなくなってる・・

で、売店で缶ビールを買って、駅のトイレの中で飲んだこともありました。
酔えば、緊張しなくなるんじゃないかと思ってね・・
そんな朝にそんな場所で飲んだって美味しくもなければ酔う訳もないのにね。

結局その会社は1年足らずで退社しました。

でも、そんな忌まわしい、地獄のような症状の中で
ひたすら治療者に思ったままをぶちまけていくとね、
治療者は私の話に真剣に耳を傾けながら
素朴に、言葉を投げかけてくれるんです。

その少ない言葉が、後々になって
私にいろんなことを気づかせてくれるものなんです。

地獄のような症状であっても、
その症状を持つしかなかった意味が、私にはあったんだなあ・・とか、
あれだけ恐れていた他人の中に、実は私は「自分」を見ていたのかなあ・・とかね。

だって現実の他人は、日記にも書いたようにむしろ優しいものなんだもの。

まあ、そのことを体得出来たのは、発病してから20年後?もっとかな・・?だったけど(笑
まわり道したとしても、何も気づかないで終るよりは良いかな
なんて思ったりしています。


2011/07/14(Thu) 12:11 | URL  | ナレイ #-[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/07/15(Fri) 09:16 |   |  #[ 編集]
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