ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
絹は、生後二日で保護された。
それ以後4年間、ずっとシェルターにいたので
人間の子供で言えば、
乳児院や、児童養護施設育ちのようなものだ。


見学に行ったときの絹は、
フロアにいつも置かれていながら
他の子のように遊んだり、歩きまわったりもせず、
ただいつも同じ場所にいた。

私が手を出しても一切興味を示さず、
人にも猫にも、心閉ざしているように見えて仕方なかった。

白猫の遺伝子は特殊で、
いろいろな病気に罹りやすい。
つまり白いケモノは弱いのだ。
アフリカのサバンナには、黒や茶色のケモノばかりで
白いケモノはいない。白は、淘汰されて来たのだ。

それでも地域ネコとして、白が生き残って来たのは、
一説に、きつい性格や体に触れさせないことで
自らの身を守って来たと言われる。

絹も撫でられることが大嫌いだった。

そんな絹にとって、
毎日訪れる見学の人に触りまくられることは
きっと辛かったに違いない。

その絹を引き取って2年半が経った。

我が家に来てからも絹は、

猫が必ずやる仕草
ぐるぐるのどを鳴らしたり、スリスリしたり、を一切せず、
私の友人が来ても、誰が来ても、
シェルター時代同様、何の興味も示さなかった。

その絹が、次第に変わって行った。

私が起きると、はしゃいで
ドタバタと家中を走り回り、遊ぶようになった。
人にも興味を示すようになった。

そしてある日
「ちぬ~、ちゅーして~」といつものように
私が顔を近づけると、
それまで「やめてっ・・いやっ!」と
顔を背けていた絹が、自分から、私の唇を舐めてくれた。

画像はそのときのもの。

嬉しかった。

それからの絹は、どんどん普通の猫らしくなって行った。
私の枕元に来て、私の顔中を舐めて起こしてみたり、
私の首にかかっているネックレスを噛んで引っ張ったり
ぐるぐるとのどを鳴らしたり、スリスリもするようになった。

それはまるで、雪解けのように

硬く閉ざされていた絹の心が、少しずつ、少しずつ
開かれて行くように思えた。

冬の根雪が解けて、暖かな春が来るように、
頑なだった絹の心も、ゆっくりと、穏やかに変わって行った。


シェルターで、いろんなことに堪えて来たであろう絹が
悲しくて、愛しくてならない。

白猫の、悲しい遺伝子を持ちながら、
どんな思いで毎日を過ごして来たのかを思うと、

もっともっと絹を、気持ち良く、快適に過ごさせてやりたい
いつもそう思っている。


きぬちゃん99ファーストキス・縮小版








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【2017/11/12 04:56】 | 愛しいイヌネコのいのち
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