ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
一般的に
「努力」とか「克服」とか「あきらめない」とか

そういうことは「美徳」とされます。

だから余計に厄介なんだけど

不安障害全般に言えることは
一般的に「美徳」とされるこれらのことは

「害毒」にしかなりません。

症状を治そうと「努力」すればするほど
その症状に集中するから、却って悪化します。

「克服」しようとすればするほど
症状の 思うツボ にハマります。

「あきらめない」?
いいえ、もうあきらめましょう。

要するに、無駄な努力はやめて、全てあきらめて
症状を持つ自分を、受け容れることこそが
病気の軽減、若しくは症状消失に繋がるんです。


「克服」なんかする必要はありません。
今の自分のままでいい と心底思えたとき


症状は、居心地が悪くなって逃げて行ってくれます。


まあ病気は苦しいからね、
そこから何とか抜け出したい!と思う気持ちはわかります。
私もさんざん「努力」しました。

でもそれこそが、益々の症状悪化に繋がるんです。

まあ私なんかは、一般的にも
努力とか克服とか、そんなんいらないと思うけどね。

努力なんか、苦しいだけで
しなくて良いなら、そのほうが良い決まってます。



そして、周囲の人は「怖い怖い敵」なんかではありません。
むしろ、こんなもんです、すいませんと
症状を持ったままの自分を晒せば
ひとって驚くほど優しいと感じられます。

私はそのことを、居酒屋バイトで実感しました。

私には振戦恐怖がありますが、震えながら
緊張したまま、酒やらつまみやらをお運びしてました。

ひとってそんなにバカじゃないんです。
誠実にお客さんと向き合う私を、
ちゃんと感じてくれたのだと思います。

お客さんは皆、本当に優しかったです。

「楽しかった!また来るわね!」と
握手を求めて手を差し出してくれたお客さん、

大生ジョッキをこぼしそうになった私に
「おーおー大変だね。おいお前!代わりにやってやれよ!」
と、ジョークを交えながら、言ってくれたお客さん

ひとはバカじゃないんです。
ひとは優しいものです。

努力や克服はやめたほうが
そういう大事なことを感じることができるんです。


フリー画像・グラスの雫







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【2018/03/01 00:03】 | 社会不安障害ってどんな病気?
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