ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
社会不安障害に罹患したばかりの頃は
余りの症状の激烈さに
私も、健康な人はいつも安定してて羨ましい
なんて思ったものだった。

いや、数年前大学在学中のスクーリングでも
グループごとの発表 なんてことになって
みんなが
どうしよう~ワタシ緊張しちゃって~
なんて言うのを聞いてると
それ、私の中ではまだまだリラックス って呼ぶんだけどなー
なんて思ってた。
もうそう言うときは既に口渇、手の震え、冷汗で、
脇の下も掌もぐっしょりになっている。

だけど、最近思う。
健康な人だって
常に「安定した心」でいる訳じゃないんだなあ・・って。

人間、何かあれば 不安 に陥るのがむしろ 自然 なんだと。

健康な人と我々、社会不安障害、パニック障害と言った
神経症に陥る人の違いは
その 不安 に こだわるかこだわらないか だけのこと。

健康な人は、不安になっても、不安なままで いられる。
無理に不安を解消しようと「努力」しない。

社会不安障害などの神経症に陥る人は
私も含め、不安 をどうしてもそのままにしておけず、
何とかこれを「解消」しよう、「安定させよう」
と「無駄な努力」を試みる。

そうすると、逆に不安はどんどん大きくなる。
自分でも手がつけられないほどもっと不安になって行く。
こだわればこだわるほど
やがてその「大きな不安」が、様々な症状 として現れる。

健康な人も不安になるんだなあ・・。
健康な友人からの電話での話を聞いていると、
彼女の不安が伝わって来る。

でも、健康な人は無自覚的にせよ、不安に堪えられる。
いくら不安になっても、それをそのままにしておける。
だから、それ以上不安になることがない。

彼女もきっと、私に話したことで少し紛れ、
やがて翌日の仕事に行くことで更に紛れ、
また何かのきっかけで不安に陥るんだろうと思う。

不安 に、こだわるか、こだわらないか、
健康な人と神経症に陥る人の違いなんて、その程度でしかない。

つまり
常に安定した心=健康 なんかではない ってこと。
不安定になったり、安定したり、
ひとの心は、絶えず変化する大自然のようなもの。


不思議だね、人間の心って。
たったそれだけのことなのに
わかっているのに、こだわり を捨てられないんだよね。

それはそれで仕方ない、と最近は思えるようになった。
ま、我ながらめんど臭い!けど気の済むまでこだわりなー
まいど、ご苦労さま~ってね。

不安なままで
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【2012/07/18 03:58】 | 社会不安障害ってどんな病気?
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