ほぼ廃人と化した女が吐く、ネガティブ詩や散文
大掛かりなことに
たったひとりで
取り組もうとしています。


いろんな所に助けを求めたけれど、
結局、だっれも助けてはくれません。

私は人間というものを
いつも信じたいと思っています。
人間とは、優しいものであると。

だけど今回は、
本当にことごとく、人って冷たいんだなあ・・・
と痛感しています。

不安に押し潰されそうになるので
休みの日中は起きていられません。

考えたくない
考えたくない
何も考えたくない・・・

と思ってしまうから。


不安と孤独が募ると
死にたくなります。

死ぬのがいちばん早い方法だと
ついつい思ってしまいます。

さっさと死ななきゃ
くらいに思ってしまいます。


財布やケータイを無意識のうちに
どこかに置いては
「ない!ない!ケータイない!なんで?!」
と、血まなこになって探しています。
もう、何でも無意識のうちにやっていて
記憶がないんです。
思考力も、まともに働きません。


今以上に頑張る・・・・・
ひとりきりで頑張る・・・・


季節も忘れました。

空の色も、もう忘れました。


私は、人を信じたいんです。
人を、恨んだりしたくないんです。
自分の苦しみを、社会のせいにはしたくないんです。

キレイごとで言ってるのではありません。

私は、病気になって初めて
人って本来は優しいものだと知りました。
世界は自分を受け容れてくれると知りました。

だからどうか、
私に人を信じさせて欲しい。
この世界は、
優しいものだと思わせて欲しい。

苦しみの連続に喘ぎながら、
そんなことを、思っています。


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【2018/04/11 00:03】 | ぼやき
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管理人のみ閲覧できます
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Re: Guestさん
ナレイ
コメント、ありがとうございます。

いやもうなんていうか・・・・
疲れちゃいました・・・・

死活の問題になりそうですしね。

Guestさんもいろいろと大変なようですので
ご無理なさらぬように。

こうやってお気遣い頂くだけでも「救い」です。
ありがとうございます。

コメントを閉じる▲
袋小路

って言うんでしょうね、こういう時。

いろんな苦しみがあるけど
お金のこと、こればっかりは
いくら考えても、お金が湧いて来るはずもなく。

自殺者の自殺理由の首位は
お金。

よくわかるわ、その気持ち。



私はね
生きてるだけで、苦しいの。
だから、自分を死なせない

それだけを頑張っているのよ。


なのに、
次々と襲って来るこの試練・・・・
これ以上、どう頑張れと言うの?


でも、何とか乗り切らないと。
頼れるのは自分しかいないのだから。


誰も見上げなくなった
葉桜を見上げた。

空はいつもと変わらないのに

私の苦しみは
なぜ、途絶えることがないのだろう。


ダメだ・・今日はもうおしまい!

130705_1226~01








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【2018/04/10 00:03】 | ぼやき
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愚かな女が

明日を探す

花冷えの夜

薄暗い部屋





今日とつづいてるはずの

明日も

悲しみのあとの

喜びも

みんな

どこかに置き去りにして






探してる

探してる

必死になって

探してる


フリー画像・レトロなデスク








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【2018/04/09 00:03】 | ほんのひと言ふた言のことば
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白猫を 絵にすると

冬の心が 春色になる

白猫を 絵にすると

荒野に赤い花が咲く

白猫を 絵にすると

北風も 春一番になる





白猫を 絵にすると

暗闇の私の心が 

広い広い 青空になる




白猫を 絵にすると

すさんだ心が 潤って

私はひとに 優しくなれる


きぬ高橋さん撮影3・縮小版









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【2018/04/08 00:03】 | ほんのひと言ふた言のことば
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昨日、また一つ
桜の花と一緒に、散ったいのちの
お見送りをして来ました。

あなたはとても可愛かった。
笑うと可憐な花のようで。
だけど、ちょっぴり我が儘で。

でも、桜と一緒に散るなんて本当に、あなたらしい。

最近では、火葬場も随分と様変わりしてしまって
私には、ちょっと残念。

昔の火葬場には、作業着姿のおじさんがいて、
今の若い人は知らないと思うけど
火葬場のおじさんのことを、差別用語で
「隠亡(おんぼう)焼きのおじさん」とか「オンボ焼き」とか
そんな風に呼んでいた。

でも、私にとって「おんぼう焼きのおじさん」は差別用語ではなく
むしろいつも寡黙で、目深に被った帽子に作業着姿、
斎場の人みたいに、いかにも慣れた調子で
「それでは只今より簡単にお式の流れについてご説明@@@」
とかそんな言葉は一切なく、
最期のお別れの時、黙って帽子を取って
私たちに向かって、深々と頭を下げる。

私は、そんな、おんぼう焼きのおじさんが好きだった。

なんていうか・・・慣れた調子で饒舌に説明する人より
荼毘に付す という、本当に最期の「その人」を
見送る人として、饒舌に語ったりなんかしない分
気持ちが込められている気がして。


それでいて、お骨上げのときには
「これが咽喉仏ですね。
仏さまが座禅をしている姿に似ていることから、
そう呼ばれてます」等々と
説明をしてくれる。

おんぼう焼きのおじさんは、
人の最期の最期に、そこに立つ者として
自分が着火することの罪悪感を、常に感じ続けて来たのかも知れない。
泣き崩れる遺族や、嗚咽する遺族、
平常心ではいられないような遺族、
でも、そんな人たちを、沢山沢山見て来たからこそ
心優しく、本当に死者の魂を思う人になった。
私には、そんな気がしてならない。

だから私は、おんぼう焼きのおじさんがとても好きだった。

でも、今では同じ斎場の中に火葬場もあって
きっちりと教育もされるんでしょう。制服まで着ている。
饒舌になってしまって、少し残念。

もう、私の好きだった、おんぼう焼きのおじさんは
いなくなった。

更に残念なことに、
昔は、火葬場には、細くて高い煙突があって
火葬が始まると、
そこからけむりが立ち昇って行くのが見えた。
私はいつもそのけむりを見上げながら
「おそらに帰っていくのね・・・迷わずに行くんだよ」
と、心の中でつぶやいたものだった。

今では、苦情が来るからけむりを出してはいけない、
そしてもう、あの煙突さえなくなったのだという。

それでも私は、空を見たくて
曇天に流れる雲をけむりに見立て、
煙草を吸いながら、
「おそらに昇ってるんだよね、きっと今」
一人、そうつぶやいた。


あなたがいなくなった空に
葉桜になった桜の木が、枝葉を伸ばしていた。

本当に、桜と一緒に散ったのね。


そして、あなたを思った一日が終わった。


memories-of-days-gone-by_2291576.jpg

動物霊園の夕焼け


幸いなことに、動物霊園には、まだ煙突が残っています。
けむりは、やはりもう出せないそうですが。

今の若い人たちは知っているんだろうか。
映画「おくりびと」なんてのを見て、単純に憧れて
「納棺師になりたい!」なんて言ってる若い人たちは
被差別部落の人たちのことさえ、もう知らないのだろうか。

学校では教育しないのだろうか。
昔、被差別部落の人たちは職業を選択する自由も何もなかった。
だから、みんなが嫌がる隠亡焼きの仕事も、
被差別部落の人たちの仕事だったことを。

まあ安倍政権下ではそんなこと、学習指導要領に入ってないだろねー







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【2018/04/07 00:03】 | いのちの桜
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またひとつ、消えたいのちのお見送りに行って来ます。
なので、今日は、以前書いた記事をアップします。

病棟勤務の頃、
私が夜勤のときに必ず
患者さんが急変、死亡することが続いた時期があった。

偶然にしては、何度も、よく続いたもので。

潮の満ち引きと関係もあるのか、深夜から未明にかけて
と言うことは実際に多かった。

皆は、「え?明日ナレイさん夜勤?じゃあ○○さん明日だよ~ヤバいよ~
どうしよう~~」などと、口々に言い合っていた。

皆、自分が夜勤のときに患者さんに逝かれるのをやはり嫌がる。

しかし、私は昔から人の死が常に身近だったせいなのか、
また、病院で死ぬ以上、必ず職員の誰かが
看取らなくてはならないと思うからなのか、さほど抵抗はなかった。

なので、からかい半分に皆に「ナレイさんって死神なんじゃなーい?」
「そうだよ、死神だよー」などと言われたときも、

「そうかもねー」などと笑って返し

特に傷つくことも、気に病むこともなかった。

そのとき、そんなやりとりを黙って聞いていた
一人のナースが重い口を開き、

死神じゃなくて、患者さん、
みんなナレイさんが来るのを待ってるのよ。
ナレイさんに見送って欲しいと思ってるのよ。


そう言ってくれた。

その言葉は、いくら死神と言われて気にしない私にとっても
温かく響いた。

そう感じられると、次の夜勤でもまた、
急変して亡くなるかも知れない患者さんに対して、
「私が、きれいにして、きちんと、見送ってあげるけ、
ちゃんと待っとってや・・・」

余計にそんな気持ちになれたものだった。

そのナースの言葉は温かくて、今も私の中に残ってる。

たとえそれが、当の患者さんには関係ない
私の勝手な合理化だったとしても、どの道見送らなくてはならないのなら、

それが 日常茶飯 になりがちな現場で、事務的に済ませるよりは、
気持ちを込めて、見送ってあげた方がいいのではないだろうか。

今でこそ「おくりびと」なんて映画が出来て、
あの映画は、随分と美化されて描かれているなあと
個人的には思うけれど、

ネットでも「エンゼルセット」から
「死後の処置の仕方」まで出回ってるようだけど。

現実は、決して美しいものとは言えない。
ご遺族があの場面に堪えられるとは、私には到底思えない。

元々死後の処置は、隠蔽されて来たものだから。

そして、いつも、どの場面でも、隠蔽された底辺の仕事を、
必ず誰かが担うことで、

我々は「豊かな生活」と言う
恩恵を被っていることを、忘れたくないと、いつも思う。】


gerbera-series_2127453.jpg







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(ちと当時せっかく頂いたコメント、どこにどう貼り付けていいかわからんので
ここに貼り付けます。)

こんにちは。
ナレイさんに見送ってほしい、そう思います。
そういう言葉かけられるその看護師の人、
そういう事言ってくれる人は、なかなかいないと思います。
私が書くと失礼ですが、
ナレイさんが患者や家族に優しいのをみてたと思います。
そういう言葉うれしいですね。
読んでてなごみました。

亡くなる時に立ち会えてよかった、
と自己満足ですが
それまで長く関わったり優しい言葉かけてくれた人だと
なおさらそう思います。




2011/06/27(Mon) 15:39 | URL | みや #-[ 編集]

Re: 患者さんのお見送り

おお~みやさん!
コメント、ありがとうございます。
ちゃんと届きましたよ。

当時の病棟は脳外の慢性期、
本当にしょっちゅう患者さんが亡くなったものです。

でもあのときのナースがくれた何気ないあの言葉は、
私には本当に温かいものでした。

病棟の死後の処置は、映画「おくりびと」のように
ゆっくりと時間をかけていられない現実もあります。
でも、ご家族がいても、いなくても、
私が僅かでも関わった患者さんたちです。

最期の「旅支度」は、せめてきちんとしてあげたくて
汗だくになって、(そのくらい大変なんです)清拭や処置、着替えを終え、
最後に 或る女性の患者さんにお化粧を施したあと、
ご家族をお通ししたら
「綺麗・・・眠ってるみたい・・・・」と言って頂いたときなどは
やはり お見送り なんだ、と、

「ナレイさんに見送って欲しくて待ってるのよ」と言う
あのナースがくれた言葉をいつも大事にして、

最期の霊安室から、患者さんを乗せた車が出て行くまで、
見送っていた私です。

何気ない言葉、何でもない言葉であっても、
言葉は大事なものとして人の心に響くときがあるものですね。

2011/06/27(Mon) 16:18 | URL | ナレイ #-[ 編集]



こんばんはナレイさん。 ナレイさんが生まれてこられた「その」使命を感じました。そして、「送り人」だけではなく 同時に患者さんの方々の次への出発の「スタート見届け人」と思いました。そしてそれは とても心清(世間では"神聖"と書かれますが)で、とても純粋な想いの引き逢わせだわ・・・ とても深い・・・


2012/05/18(Fri) 22:35 | URL | ホヌ #-[ 編集]

間違いなく「おくりびと」!

患者さんは無意識に看護師を選んでいるなーと感じることが多いです。私はどちらかというと「おくりびと」に選出されない方だけど、急変に遭遇して助けることに選出されます。日頃の患者さんへの関わりが表れるのだと思っています。
先日、ターミナルの精神障がい者を送りました。娘さんも入院中でしたので、夜間に他病棟から呼び、一緒に明け方に見送りました。入職当時から関わった患者さんだったので、この時には選ばれたなって思いました。今、管理当直で娘さんの病棟をラウンドすると、遠くから走ってきて、「修ちゃん、あの時はありがとうね。お母さんが死ぬときに、もっと大きな声でお母さんにさよなら言いなさいって言ってくれたね」って話されます。患者本人だけではなく、ご家族にとっても最も見送って欲しいスタッフなのではないでしょうか。そんな気がします。

2012/05/19(Sat) 10:52 | URL | 修志 #-[ 編集]

Re: ホヌさん

こんばんは。
コメント、ありがとう。

「使命」なんて、そんな大層なものではないかも知れない、けど
でもふと、忘れていた当時を思い起こさせるようなひとときでした。
単に私の「自己満足」や「合理化」に過ぎなかったとしても

まるで私が行く日に合わせたかのように突然旅立って行かれたようで。

人間は、たとえ生きていても、その中で、「死と再生」
を繰り返して行く。

「見届け人」
ありがとう、そんなふうに言って下さって。

どんなめぐり合わせか、何の引き合わせなのか、はわからないけど
こんな私が「見届け人」の役割りを担っているのなら
心静かに引き受けよう、
一人の人が旅立っていく、5月の空を見上げながら、
そんなことを思っていました。

2012/05/19(Sat) 19:08 | URL | ナレイ #-[ 編集]

Re: 間違いなく「おくりびと」!

修志さん
コメント、ありがとうございます。

患者さんを助ける役割りに選ばれる と言うのは本当はいちばん良いことですね。

私の勤務してた病棟は、脳外の慢性期・助かる方のほうが少なかった現実がありました。
なので、看護師たちは皆、「見送り」「おくりびと」に選ばれることを
とても恐れていました。(当時は「おくりびと」なんて映画もありませんでしたから)

重症患者さんがいる夜勤のとき、私と組む看護師は、
あからさまに嫌がる人もいれば
逆に経験の少ない若い看護師などは
「今夜はナレイさんと一緒だと思うと何だかホッとするわー」
なんて言ってもらったり、様々でした。

入職当時から関わって来られた患者さんはきっと、
修志さんが来るのを待っていたのだと思います。
修志さんに見送って欲しい、と思って。

>患者本人だけではなく、
>ご家族にとっても最も見送って欲しいスタッフなのではないでしょうか。
>そんな気がします。

入院中は、既に顔馴染みになったご家族と挨拶を交わしたり
ときに二言三言話を交わす程度しか出来ない
実に多忙な病棟でしたが、

全ての処置を終え、
最期の死に化粧を施したあと
ご家族に心底「キレイ・・・・・」と言って頂いたとき、

「お世話になったから是非」とのことで
本来タブーなのですが、葬儀に参列させて頂いたときなどは、

私も、同じように感じ、
「死神」じゃない、「見送り」だったんだ、と
感じさせてもらえたものです。

当時のことを彷彿とさせるひとときでした。

2012/05/19(Sat) 19:33 | URL | ナレイ #-[ 編集]

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【2018/04/06 00:04】 | いのちの桜
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心病んで

病み疲れて

消えたくなってしまう

私より





今の自分を 受け容れて

死にたいとも思わず

どんな環境に置かれても

欲はなく

決して怒らず

いつも静かに過ごしている

猫のほうが





むしろ ずっと

人間らしい心を

持っているようで

愛おしい


きぬ携帯画像165ちぬゴキゲンちゃんで爆睡


絹は、お陰様でずっとげんきちゃん!で
とっても嬉しいです。
ときどき酷い鼻づまりを起こすけど、
それでもこんなにげんきちゃんがつづいてくれるなんて
本当に嬉しいです!

絹のげんきはたからもの








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【2018/04/05 00:04】 | ほんのひと言ふた言のことば
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わたし独りの世界では

わたし という

一人称さえ いらなくて





私の呼ぶ あなたは

いつも

とっくに過ぎ去った

昨日の あなたや

この世から

もう消えた

向こうの あなた




一人称の わたしさえ

いらない世界

私しか いないのだから

わたし という言葉すら

必要ない






言葉も いらない

わたし もいらない

そんな世界で

私は 言葉を綴り

わたし と

自分を 呼んでいる


フリー画像・カクテルグラス








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【2018/04/04 00:03】 | 神経症
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桜が散るのと

一緒に 散った

笑顔のままで 散ってった





可愛い人




私は  また

けむりの出ない

煙突を

見上げるだろう





私は また

火葬場の熱波に

死者たちに

癒やされるだろう


フリー画像・カクテルブラスのいちご








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【2018/04/03 06:05】 | ほんのひと言ふた言のことば
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悲しいのは 春のせい

つらいのは 夏のせい

寂しいのは 秋のせい

苦しいのは 冬のせい






みんな みんな

季節のせいにしておけば

何だか少し

楽になるような




そんな気がして


フリー画像・夜の東京タワー








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【2018/04/02 00:04】 | ほんのひと言ふた言のことば
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